ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

PTAことポール・トーマス・アンダーソン監督の作品は基本的に暗喩が多用されているため、見る人によっては理解し難く退屈に思える映画が多いです. そのためこの作品に関してもPTA好き以外にはやはり難解だったらしく、映画館には団塊世代のおじさまたちがたくさん駆けつけていましたが、案の定「ようわからん」という顔をしてましたね. まずこの映画はオープニングから数分の間、全くセリフがないんです. またBGMもまるで山岳地帯の少数民族が悪魔祓いの祭をしている時に奏でているようなちょっと恐ろしげな音楽のため、妙に怖ささえも感じてしまうんです. そしてそこから2時間半、この映画で見事アカデミー主演男優賞を受賞したダニエル・デイ・ルイスの「神掛かった」、いや「悪魔掛かった」と言った方が適切と思われる強烈なインパクトを残す演技に見せられてしまうのです. 石油採掘のために家族を大事にする男という仮面を被り、野太い声で相手を短時間で説得し、若き牧師に平手打ちを連発する、まさに神を悪魔をも恐れぬその存在感は正直『ギャング・オブ・ニューヨーク』の時以上の迫力を感じましたね. でこの悪魔をも恐れぬ男がとある事故で息子H・Wの聴力が失われてから徐々に自分の周囲に潜む悪魔を払い除けようともがく様がなんとも滑稽であり、物悲しく、そして恐ろしいんです. 息子の耳が聞こえなくなったのは悪魔のせいだと考えれば息子を遠のけ、まだ買占めが成功していない土地のため神を信じる心もないのに教会で洗礼を受け、突然現れた弟と名乗る男をいきなりビジネスパートナーにし、やがて殺人まで犯す・・・. まるでダニエルが石油と同じように人間の血までも欲しがっているようにも見えて、人間の心の奥底に潜む悪魔の恐ろしさを改めて感じましたよ. 乾いた大地に溜められる石油の黒い池、掘り当てた石油が引火してできた火柱、どんなに神の言葉を代弁しても所詮は金の亡者だった牧師、体を揺すってもなかなか起きないダニエルの深い眠り. そのどれもが欲望という人間の心の奥底に潜む悪魔を暗喩したものに見えました. そして成長した息子H・Wが意見の違いから父親のもとを離れ、ダニエルがポール・ダノ演じるイーライ牧師との長年の決着を付けた後の「終わった」という一言. 彼にとっては自分の周りにいた悪魔を払い除けたという意味の「終わった」かも知れませんが、私にはどことなく「これで自分自身も終わった」と言っているようにも思えました. 所詮どんなに悪魔祓いをしようとも自分の心に潜む悪魔を払い除けない限り終わりは見えてこない. 牧師の頭から流れる血が石油のように黒く見えたのも、偶然ではないような気がしました. 深夜らじお@の映画館 はPTA監督作品は基本的に好きです.

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